介護生活突入

バリアフリー化工事とその後片付けが一段落するまでを目途に私は休職して当面の母の

介助に専念することに。そして、同時に短期入所の手続きも進めていくつもりであった。

 

慌ただしく工事が進む中、トイレのためにベッドから

出る以外、ほとんど寝たきりの療養生活が続いていく。 

往診での痛め止めの注射もさほどの効果もなく、

治るまでにはやはり長期戦の覚悟が必要だった。

 

介護が始まり数日たったある日、母が急に息苦しさを訴えることがあった。

今にも息が止まりそうで、私の手を取り「今まで、どうもありがとう」などと言い出す有様。

寝たきり同然になったとはいえ、僅か数日で呼吸停止寸前まで陥るとはどうにも不可思議で、

『何なんだ?』とただ狼狽するばかり。

 

『冷静に』と自分に言い聞かせて、状況を見渡し直してみたところ酸素欠乏ではないかと、

エアコンの空調を嫌う締め切った母の部屋の暖房、酸素が欠乏状態になっているのではと。

窓を開け放し空気を入れ替えると、呼吸は次第に落ち着きを取り戻し事なきを得たものの、

切羽詰まった素人介護の危うさを思い知らされることになった。

 

私は母が発する声に過敏になり、昼夜の区別がつかない介護生活になっていった。 

工事が終わる頃、母の両足はすっかり肉が削げ落ち、右足が逆に左より細くなり、

弛んで乾燥した皮膚が魚の鱗のようになって両足大腿部から下を覆い始めていた。

 

このままでは本当に寝たきりになってしまう…。

体を動かす感覚を呼び戻そうとして、痛みのない左足など上下運動を促してみると、

母もそれに応えてきた。肉が削げ落ち干からびた足を慎重にほんの僅かでも動かす。

 

補助をする手に母自身の危機感が否応なく伝わってくる。

人の体の脆さを目の当たりにして、只々不安でした。

 

    エプロンを脱いでおいでと鴨の陣