センターの駆け引き

 母は「マッサージ・揉み解しは行ってはいない」というセンター長に納得していなくて、

「右腿のコリをほぐす」と言って揉まれたと確信している。

「揉んだ・揉まない」の水掛け論に終わるだけであっても、

 それをセンター長に直接訴えないと、気持ちは収まらない。

 

しかし、センター長は「会談の手筈を整える」と約束をしておきながら、

また、副社長も会談の要請に「返事する」としながら、実行はされない。

加えて、センター長と社長・副社長の言うことは何から何まで違っている。

正反対の発言をしていた者同士が一緒になると、それぞれが何を語るのか、

センター長との間で確認した認識の一致も、取り消されることすら危惧されてくる。

 

ただ無防備に面子だけ揃えて会談に臨んでも、意味のある結果に繋がる筈がない。

センター長にはこれまでの発言の変更などないかどうか、確かめてからでないと、

とても母との面談などさせられない。

 

会談の日程を聞くセンター長に、母がそう要望しているからと、

まずは、当事者同士一対一で母の訴えを聴く時間を作ることを、

本社との会談はその後日を改め設定してもらいたと要請。

センター長は了承。

 

そして、対本社会談の時こそは絶対に立会人が必要と思われた。

それにしても、なぜ介護制度ではその役割が用意されていないのか。

どうしても考えてしまうけれど、一人でそれを蒸し返しても空しく、

立会人の用意にはやはり、民生委員から教えられたNPOへ相談に出向くしかないのだろう…と。

 

まずは現時点での認識確認。センター長が 検証会談 で話した事柄を文書にまとめ、

その日を待った。そして母との面談日、来宅したセンター長は一人ではなかった。

弁護士でも連れてきたのかと思ったがそうではない。一緒にいるのは社長である。

今回は行政の口添えということもあり、打合わせ以外の展開が全く頭になかった。

不意を突かれたような感じである。

 

『気を入れ直さないと』そう自分に言い聞かせていました。

 

    ひとつずつ挨拶に来る柚子湯の柚