決行の顛末

自分が責任者の任に就いた施設で、その前年、弁護士を代理に交渉する程のトラブルがあり、

その利用者家族が自分達の立場からの主張も聞いて欲しいと、記録物を持って目の前にいる。

 

契約解除といっても手続き自体まだこれからで、民生委員が横でずっと経緯を見ている。

今後、この地域の老人相手にリハビリセンターの施設責任者を務めていく立場となれば、

自分が指定・約束した時間に来所した利用者家族を無下にあしらうことは出来ないはず、

そう思っていたのだが…。

 

この若いセンター長は横にいる民生委員にどう思われようと、私を追い返すことが

自分の役割だと確信を持っているのか、間口に立ちはだかったまま、微動だにせず

「記録物を置いていかれても自分は見ないし、代理人に渡すだけだ」とにべもない。

 


 

そんな展開に言いようもない違和感を覚えた。契約解除を宣告され頭に血が昇っていたし、

実際に通知文書が発送されてしまうと、センターと接点を持つこと自体、更に困難になる。

新センター長を直接説得できる機会は、本日が唯一となったことだけは間違いないのだが、

「代理人からの指示」この鶴の一声で新センター長は、自分の頭で判断することを完全に

止めてしまっているのだ。

 

この若者に対し、何を言っても所詮、暖簾に腕押し、糠に釘。

懐柔して前センター長への取次ぎ手配を計るなどは、やはり絵に描いた餅。血気に逸り、

無暗に記録を見せたところで、結局、素通りして代理人に渡り、ただこちらの手の内を

無駄に晒して終わるだけでは…。

 

「代理人の指示以外の判断はあり得ないか?」

「あり得ない」そんな問答を何度か繰り返し、新センター長と向き合ったまま、

どの位そんなことを考えていただろう。私達に「不信行為」のレッテルを貼り、

邪魔者として排除せんとするセンターへの憤りを、先ずは発散させたい衝動と

『今、それを強行しても何も得るものはない』と冷静な状況判断が入り交じり、

遂には『この若者に一連の記録や資料を託しても、万事逆効果にしかならない』

と私は考えが切り替わっていくこになる。

 

契約解除の通知は早晩、送り着けられることになるだろう。

内容証明で来るのだろうから、受け取り拒否。でも良いが、

それ自体がデイセンターの愚行の痕跡という見方もできる。

『受け取った上で、まだ出来ることは何があるだろうか…』

そんなことを考えながら、又も、手ぶらでの帰路となった。 

 

それから程なくし、やはり、内容証明付き郵便で契約解除の通知文書は送付されてきた。

このリハビリ特化のデイサービスを紹介され、その最初の訪問から丸一年が経っていた。

 

      行き遭うて汗の中なる吊眼鏡