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2015年

10月

11日

代理人としての役割

こうなってくると、どのような内容の診断書を確保できたかではなく、体験日直後に

状態悪化が始まったことの立証が議論の中心となっている口惜しさが、頭を支配する。

 

当初からそれが困難であるとの思いがあったからこそ、誠意を見せないセンター相手に

苦心して会談にこぎ着け、ようやく取り付けたセンター長との認識の一致を間違いなく

本社との交渉に反映させていくことが私の役割だった筈。

 

思えばセンター長においては、最初に苦情を申し入れた時点から、

・通り一遍等の適当な苦情対応を繰り返した事。

・年内には会談を設定すると直接約束をした事。

・当事者同士一対一で、母の訴えを聞く日を設けると了解した事。

口約束はその場限りで、何ひとつまともに実行されたものはない。

 

最後の社長同席の会談においては、施設の管理責任はおろか、その<責任>の意味すらも、

まだ何も解っていないただの若造と、決定的に馬脚を露わすことになった。にも関わらず

センター長の「自分が(私達に)話してきた事は、そのまま保険会社に引き継ぐ」という

性懲りもない口約束をアテにする形で、私は会談を終えてしまったのだ。

 

仮にも、彼の言葉通りに事後処理を進めたりすれば、その瞬間、社長と副社長が嘘をついたと

認めることになり、どう転んでも「本意ではなかった」と合意は翻されていたのかもしれない。

だがこれは、同じ不本意な結末でも、やるべきことを全てやり尽くして出される結果と、

やれることがまだあるのに、やらないまま突き付けられる結果とでは、後の意味合いが

全く違うものになるという話だ。

 

会談でも『下らないことに時間を使っている、もう、いい加減に終わらせたい』

そんな辟易する気持ちを抑えられずにいた。雑になっていく自分が修正できず、

詰にも甘さが出て、自責の念と制度への不信ばかりが増すことになった。

 

会談を終えるにあたっては、覚書の一枚も交しておくべきだったし、更に言えば

「センター長と母を一対一で」などと悠長なことを言っている暇にも、立会人を

準備し、発言にもっと責任を持たせる環境を、先ず以って造っておくべきだった。

 

もっとも、今更それを言うなら、骨折後も、もっと早く同居に踏み切っていれば、肉離れ自体、

防げていたかもしれないし、体験利用の際も、もっと早く医者に診せてさえいれば、相手側の

誠意を見極め、導き出すなど、虚しい算段を練る必要もなかった訳だが…。

 

センターにとって不利益となる私達の主張。それを一切、消し去るための先駆けとして

代理人からは「体験日以降の症状を把握するのには、提出された診断書では不十分」と、

診察した医師から診断内容を直接聞き取る<医療調査>の同意を求められることになる。

 

太刀打ち叶わず、このままねじ伏せられ「所詮は、片手間でやっていたことだから」と

また、言い訳するか。行き掛り上、なんとなく親の代理を演じているといった有り様は、

金輪際、払拭し、弁護士という国家資格を持ったプロの代理人とも対峙していく覚悟を、

今一度、決め直すか。自分はその転換点にいるのだと思った、そして、その状況こそが、

私にとっては、なんとも疎ましいものだった。

 

      春雪に小鳥がこぼす白い息