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2015年

8月

01日

母の無念

この対面にあたって、私が母に繰り返し念を押していたこと、

センター長から施された処置について固執しすぎないように。

「揉んだ・揉まない」の水掛け論に持ち込まれるだけだから。

そのことよりも、それ以降のセンターの対応を問う形で話を進める方が良い。

 

「解ってるよ」と応えていた母ではあったが、いざ蓋を空け話をし出すとセンター長の

「評価」だとする説明に逐一反応し始める。これまで抑えていた感情が一気に噴き出し、

全く予想通りの水掛け論が展開。結局、センターの事後対応を正すのは私の役割となってしまった。

 

「この件に関して、どう対処するべきと考えるか」との問いに

「医師の診断書の提出をもって賠償手続きに入る用意がある」と。

 

それにしてもセンター長の携帯の振動音がよく鳴る。

センター長は着信を確認するだけで出ることはない。

掛けてきているのはやはり、門前払いの社長なのか。

自分の目の届かない所でセンター長と私が話をしていることが気が気でないという訳か…。

 

センター長においては、現在も認識に変更はなく、食い違っている本社との見解についても

「(本社が)何故、このようなことを言ったのか解らない、自分に嘘はない」と言い切った。

その上で「社長とも直接話して欲しい」と言う。

 

社長と対面する時は必ず立会人をつける、これは鉄則だ。対本社会談の後日設定は崩せない。

だが、その<後日>には、この発言をするセンター長を本社がまた同席させるとは限らない。

説明の食い違いを直接正すのは、この見解を確認した今日が唯一その機会なのかもしれない。

この日のセンター長の様子を伺っていて、そんな雑念が私の中で過ぎってくる。

 

立会人はいないが二人が揃っている今日、本社との会談も済ませてしまうか…。

センター長同席が不確定でも、予定通り後日設定にして立会人を準備するか…。

 

最初に会談を申し入れ、4か月。ようやく母は自分の無念を訴えた。センター長はそれを神妙に

聞きはするが、謝罪はなく「<評価>として、力の感じ方・捉え方の違いがあった」という説明。

以降の対応は、損害保険会社に引き継ぐつもりだとは言うが、認めているのはあくまでも責任の

<可能性>まで。これがセンター長と社長が擦り合わせてきた見解ということなのか…。

 

一方、母は「保険会社に引き継ぐ」と聞き、賠償の手続きが進められると、了解したのか

「後の事は、間違いなく頼みますよ」そう念を押し、矛を収めようとしているようだった。

だが何故、その方針を聞くのに、これ程までに時間が掛かったのか、両者の説明の相違は

いかんともし難い。そこを有耶無耶にしたままの事態の収束など、有り得る筈がないのだ。

 

「今日これからでも、社長とも話をさせてもらいたい」

私はセンター長にそう伝え、車椅子の母を自室に戻した。

 

      女が釘を打って煮つまる新小豆

 

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