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2016年

2月

01日

示談交渉の精算

法律相談では証拠が揃わないと言われ、行政からも口を挟めないと言われ、

母においてはこの期に及んで、もう醜いものに触れたくないということか、

無気力に人生そのものを諦めかけているのか、交渉のことも制度のことも、

自分からは徐々に口にしなくなっていった。

 

そんな母が不憫だったし、息子として交渉役として自分が不甲斐無く、なんとも消化不良で、

どれ程、可能性が薄かろうが迷惑がられようが「まだ終われない」という思いが強くあった。

 


 

センター側は法的に過失責任を問われることはないと、高をくくっているのだろうが、

代理人弁護士を介しての発言も含め、私達に残していった痕跡を繋ぎ合わせてみると、

たちまち信用など崩れ去る支離滅裂な実態が浮き出てくることになる。 

一時の責任回避のために、そんな痕跡をどこかに残したままにするは

信用を糧に生業とする者が愚かという他ない。

 

地域には自治会もあるし老人会もある。両親はこの地域にきちんと関わり、

人間関係を築き暮らしてきた。その築40年の実家に社長もセンター長も、

責任ある立場として足を運び、その年月を自分なりの目で見て感じた筈だ。

 

当事者であるセンター長にだけは直接そのことを問い正したいと思った。

自分の“名札付き”の足跡を全て見直し、それでも「弁護士を通せ」と目を背けるのなら、

その時はもう仕方ない。所詮その程度の若造だったと、こちらなりの見切りをつけよう。

 

弁護士が代理人となり、交渉の窓口を一本化されている今、

そのための座をどうやって作るか、その方法を考えていた。

前触れなくセンターに出向くというのが一番手っ取り早いのだが、

サービス時間内であれサービス後であれ他のスタッフもいる中、先方が気色ばんで、

あの威圧的な弁護士に連絡でもされれば、かえってややこしい事にもなり兼ねない。

 

 センターと実家とは目と鼻の先、その施設との関係をもっと普通に直接繋ぎ直す

 方法がない筈はないと、契約書と重要事項説明書を順番に読み直してみたところ、

「料金の支払い方法」の項目に目が留まった。

「支払いは銀行引き落としで行うが、場合によっては現金払いの形をとることもある」

 

思えば、この交渉はたった一度だけ利用したサービスの請求書が

上がってきたと、センター長から連絡が入ったことから始まった。

私は検証会談を要求し、交渉が決着した時点で支払うと約束した。

 

その未払のままの料金を「母が直接手渡すことを希望している」ということにし、

センター長に家まで集金に来るよう依頼するということならば

弁護士など関係なく、センター長と対面する名目が立つのではないか。

 

センター長があらん限りの誠意を絞り出してやっと成り立つ筋書きで、

これまで散々失敗してきたことを性懲りも無くまた繰り返すという話だ。

しかし、今となってはこれしかもう打つ手が思い浮かばない。つまり、

これがこの件での最後の一手になるのかもしれない、そんな思いだった。

 

     蝶々やどれが恋やら敵やら

 


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