'15 8 11

 

2015年

8月

11日

社長同席

社長・センター長・私の三者会談。

強い力で揉まれたという母と、診断・触診の類の<評価>だというセンター長。

「センター長の評価行為で利用者の身体に負荷が掛かるなどは、有り得ない」

ここでも社長は、センター長が認める<責任の可能性>すらも、前提から外し、

母の訴えを取り合おうとしない

  

体験日、私は母に付き添っていたが、その認識が社長にはないようで、母からの伝聞だけで、

私が主張を展開していると釘を刺す。センター長が正確な経緯を報告していない懸念が生じ、

「センター長とは、ここまでの認識一致がある」と確認文書を提示し、見解を求め直すと

「自分の責任については0と言うこともできないが、100と言い切ることもできない」

センター長が改めて述べると、ようやく、社長から今後の方針を聞かされる運びとなった。

 

「提出される診断書から、症状とセンター長の処置との因果関係が確認できれば賠償に応じる」

診断書に「痛みの再発はセンター長の処置が原因」といった記述が必要、それが条件なのだと。

 

ここで、私は一旦退出させた母を部屋に戻すことにした。母はセンター長からの説明で、

賠償が叶うと感触を得たままなっている。だが、この相手はやはり一筋縄ではいかない。

この社長の人となりを直接見せることで、母にも、それを了解させておきたいと思った。

 

それにしても、医者というもの診断書に症状の因果関係など書いたりするものなのか。

患者が怪我をする現場を見ていたのならばまだしも、易々と応じる事とは考えにくい。

まして利用日から4か月以上も経過してからの、そんな条件は不条理というほかない。

 

更に、それが条件というのなら、何故それがこの日まで示されなかったのか、となってくる。

会談要請が無視され続け、役所からの口添えがないと、その方針が聞けなかったのは何故か。

 

「連絡を入れてもらうよう伝え、待っていた」悪びれもせず、社長か自分の正当性を言うと、

「違う」と、それまでは断言していたセンター長が口をつぐみ、何も言わなくなってしまう。

「大切なことではないか、答えてもらいたい」と言う私に、社長もそのことを正すどころか、

「それは論点が違う、問題の解決にならない」と割って入り、逆に話を逸らそうとしてくる。

 

「今はセンター長に質問をしている、いちいち口を挟むのは止めて頂きたい!」

あからさまな社長の横やりを制するには、断固とした押し返しが必要で座の空気も荒んでいく。

そして、それまでは明瞭だったセンター長の記憶と発言の一貫性が、遂にここで崩れてしまう。

「その時点で(本社から)どう言われていたかはわからない、憶えていない…」

 

そこからは、まともな問答はもはや成立しなくなり、社長は早く切り上げて帰ろうとするだけ、

「賠償手続きの中で保険会社に何か聞かれれば、今日ここでの話はそのまま伝えますから」と

センター長も誤魔化してしまい、協議の要請が無視され続けた問題のセンター長と本社の釈明、

そのどちらに虚偽があったのか、結局、煙に巻かれたまま断定に至らず会談は幕切れとなった。

 

「この会談の仔細、相談に乗ってくれた人達には報告しますよ」と言う私に、

「それは名誉棄損とはなりませんかね」などと返す社長に私はただ絶句する。

「こんなことで、どうやって貴方達を信用すればよいの?」と呆れる母には、

「もう、どう思われても結構です」そんな台詞を残し、彼らは帰って行った。

 

私はこのデイサービスの社長がどの様な人物なのか、ネット検索で情報を探し直してみると、

彼は幾つかの医療系学校法人の教育顧問の役職も兼ねており、ある学校のホームページでは、

県の作業療法士学会・学会長の肩書きと共に、教員スタッフの紹介欄に載せられていた。

 

県の作業療法士学会・学会長とは、一体、どのような基準で選出されるものなのか、後日、

電話で聞いてみると「現在も過去も、そんな人物が学会長を務めた事実はない」との返事。

そして「何故、そんなことを尋ねるのか」と逆に質問を返される展開となり、その数日後、

彼の肩書きから<県作業療法士学会・学会長>の項目が削除されるといった展開となった。

 

『立会人無しに、このセンターの誠意は引き出せない』全く、最初に直感した通りであったが、

『今更、それを確かめて何か意味があるか、この数か月、奔走してきたのは何のためだったか』

事情が重なったとはいえ、直前でブレてしまったことへの自問を、私は繰り返すばかりだった。

 

     わが脳のような音する柚子湯の柚