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2015年

6月

21日

筋膜損傷

母の右足の再悪化から丸三か月、私同様、妻帯に失敗した弟が一人で帰省した平成26年正月。

鍼灸マッサージ師の弟が、盆休みの帰省で母を観て以来、一転している状況。事情を伝えられ

「一体どうなってるんだ?」と詰め寄られるものの、父にそうしてきたように、弟に対しても

交渉についての経緯を話すことはしなかった。『今何か話しても、正月気分が壊れるだけ…』

そんな想いだった。

 

母にとって、息を殺したような時間の中でじっと痛みが消え去るのを願っているだけの正月だった。

私にとっても、そんな母をただ介護していたことしか思い返せない、そんな一年前と同じ年末年始。

副社長が「返事をする」と言ったがアテにできるのか、無意味な長い待ち時間。

それも終わるとまた病院通いが始まるだけ、そうやって過ぎていった正月休み。

 

デイサービスと入れ替わりに通い始めた整形医院は個人開業だけど立派な佇まい。

車椅子専用の駐車スペースが数台分、完全バリアフリー。リハビリ科まである。

とにかく痛みを取り去って欲しい、治療に役立てて欲しいと、ただその一心で

「治りきっていない肉離れの右腿を揉まれた、そこから痛みが強くなっていった」

母は一生懸命に説明する。

 

けれど医者は「因果関係・原因については何とも言えない」とより詳しく聞き直し、

その状況を検討しようとはしない。原因が分からない時こそ患者の話を詳しく聞き、

治療に反映させるのが医者の務めの筈なのに…。 

 

肉離れの時に往診を頼んだ医師にも診察を受けてみようということになった。

駐車場もなくバリアフリーでもないテナントの医院だけれど、くどい年寄の話も面倒臭がらずに

じっと聞いてくれる人柄で、パーキンソン病受診の神経内科の紹介状もここに頼んだ経緯がある。

 

母はここでも一生懸命に説明する。

「圧迫を受けたことで筋膜が損傷したのだろう」との診断。マイクロ波照射を勧められた。

それがどれ程の効果があるものなのか見当もつかない。だが、なによりこちらの話を聞き、

それをもとに診断してもらえたことに救われる思いがあった。

 

医院の前に別の車が止まっていると、隣のスーパーの駐車場から移動しなければならない。

それでもマイクロ波をあててもらいに行こうと、1月は二つの医院を掛け持つことになり、

次第にそちらの方が中心になっていくことになった。

 

対本社会談の再要請の返事。

副社長から「返事をする」とされ、年末年始の休みを挟みひと月。

待ってはみたものの、その副社長から連絡が来る気配はなかった。

 

      子守唄ポインセチアは何時眠る