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2015年

1月

11日

診断パーキンソン病

回復はほぼ医師の診断通り、薄皮を剥がすように少しずつ少しずつといった具合。

半年も過ぎ気候も良くなってくると、ようやく自力での移動を試みるようになる。 

 

「まだ痛みも残っている、無理はしないように」忠告する周囲も余所に、室内に持ち込んだ

手押し車にしがみつき、なんとか立ち上がり歩き出そうとする。しかし、一歩目がなかなか

踏み出せなかったり、その場で小刻みに足踏みを繰り返すばかりで上手く前進出来ずままならぬ様子。

 

<パーキンソン症候群>が進行しているのかもしれないと、神経内科に検査を依頼。

改めて<RI>という検査を半日近くも掛けて受け、正式にパーキンソン病と診断。

母は特定疾患の指定難病患者となった。

 

パーキンソン病は<振戦>という規則的な手の震えが現れることで知られるが、母の場合、

歩行、特に歩き出す時に難があるものの、安静時に体のどこかが震えるということはない。 

症状に個人差はあるが、いずれにしても脳内の神経細胞の減少によって運動機能が衰える病で、

神経伝達物質ドパミン補充の投薬対処療法が中心となる。発症原因は不明で根本的な治療法が

未だ見つかっていない進行性の難病である。 

 

高齢になっての発症は「年のせい」と発見が遅れてしまうことも、ありがちなことで

「やはり、転倒骨折の時点で既に症状が出始めていたのだろう」そういう診断だった。

 

7月、薬の調合を見直すため、リハビリを日課とする約3週間の検査入院に入ることに。

整形科で右足の状態確認を受けながらの入院で、処方薬メネシットが1日1・5錠から

2・5錠に変更。病院のリハビリ科は入院患者が対象ということで、退院後は最寄りの

施設でリハビリを継続するよう<診療情報提供書>を持たされての退院となった。

 

一定の距離の移動には車椅子はまだ手放せない。しかし、自力で動ける範囲を

少しでも広げようと、母は片手に杖をもう片手は私の手を握り締め立ち上がる。

 

パーキンソンの進行の不安が無い訳はない。だが、肉離れからの回復がそんな不安を紛らせていた。

退院はちょうど土用丑の頃、やはり「鰻を食べて帰ろう」となった。母にとっては久方ぶりの外食。

私達はようやく少し一息入れ、帰宅の途に就くことができた。

 

       女・女・男・女と土用灸